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【第31回】藤津亮太 漫画試し読み放浪記『てだれもんら』




新作・旧作、注目作に話題作。いろいろ気になるあの作品を、ちょっとだけ試し読み。そんな調子でマンガの世界を放浪していきます。
【第31回】 てだれもんら

『てだれもんら』の絵は、ところどころ主線が描かれていない。登場人物たちの着物、背景の植物や建物。そうしたものの一部に主線を入れず、スクリーントーン(の効果)を貼り合わせる形で表現している。だからとても絵柄が柔らかい。人物の一部が背景の空間の中に溶け込んでいるようにも見えるときがある。それが不思議な気配に満ちた本作とよくマッチしている。

 小料理割烹・薫風で働く板前の星野トオルには、週末に一緒に晩酌を頼む相手がいた。それは庭師の鷹木明。ただ明の仕事は、単なる庭師ではない。それぞれの庭にいる“怪”の中でもやっかいな、禍つ怪(まがつけ)を手入れするのが、明の仕事なのだ。だが明はその仕事のことをトオルには明かしていない。そしてトオルは、明に思いを寄せているが、明はその気持に気づいている気配もない。宙吊りではあるが幸福な時間を2人は過ごしている。

 2人が過ごすこの静かな日常を象徴するのが、トオルがつくる料理の数々。菜の花の辛子酢味噌和え、手羽中の柚子胡椒焼き等など。写実的な絵柄ではないけれど、柔らかい絵柄から美味しそうな気配が湯気のように漂ってくる。この日常の気配は、明が、庭仕事の最中感じる“怪”の気配とちょうど対応する関係にある。逆にいえば、この静けさは“食”と“怪”という気配に包まれた、ぎりぎりのバランスの中で保たれているともいえる。

 そして第1巻の終盤で、このバランスが変わり始める。ひとつは明の働く枩叢(まつむら)植木に、新人の友也が入ってくる。友也は、トオルが明に思いを寄せていることに気づく。これが“食”が象徴する現実での変化だとすると、もうひとつは“怪”の側での変化の予感だ。

 トオルには背中に大きな火傷がある。それはどうやらトオルがかつて務めていた老舗の料亭“ひめかわ”の火災のせいらしい。だがトオルはその時のことをあまりうまく思い出せない。その代わり、夢の中でその時の光景がフラッシュバックする。そこにいるのは庭師の姿をした明。しかも、おかみさんらしい女性に首に手をかけている。

 トオルと明の過去になにがあったのか。静かな日常の空気の中に不穏な緊張感を漂わせながら、物語は2巻へ続く。果たして2巻で“食”と“怪”のバランスは崩れてしまうのか。それとも踏みとどまるのか……。

 
ふんわりと柔らかい雰囲気の絵。

庭には特有の“庭の怪”がいて、それはいいものとは限らない。

 <Profile>
藤津亮太
アニメ評論家。主な著書は『アニメ評論家宣言』(扶桑社)、『声優語』(一迅社)など。アニメなどのコラムを多数執筆。































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