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【第33回】藤津亮太 漫画試し読み放浪記『水野と茶山』




新作・旧作、注目作に話題作。いろいろ気になるあの作品を、ちょっとだけ試し読み。そんな調子でマンガの世界を放浪していきます。
【第33回】 水野と茶山

 物語の中で起きた問題は、たいがいきれいに解決される。それは“お話”だから当然のことではある。“お話”というのは、現実を単純化してきれいに割り切ってみせることで、問題のありかをわかりやすく示したり、カタルシスを与えたりするという機能を持っているからだ。

 でも中には割り切れない作品もある。あるいは割り切れた作品の中に、割り切れなさが紛れていることもある。割り切れない作品は、(ライターの重松清がそう書いていたように)読者の中に“余り”の感情を残して終わるのだ。『水野と茶山』もそんな“余り”のある作品だ。

 茶畑が広がる田舎の高校に通う水野は、いつかこの町を出ていくことを考えながら、要領よく日々を過ごしている。彼女の楽しみはクラスメイトの茶山との密会。彼女は、地元に大きな影響を保つ茶業者「茶山園」の一人娘。だが彼女はクラスメイトからいじめをうけていた。そして水野の父は、茶山園と対立する勢力から町長選挙に出馬しようとしている。

水野と茶山が密会しているだけで、大人たちにとっては不愉快な出来事だった。そして緊張をはらみながら季節は春から夏へと移ろっていく。

 下巻の帯には「私たちが私たちであることを許さないこの戦場にハッピーエンドなどない。だから、怒れ。抗え。」とある。確かにこういう感情は本作の水面下に流れている。でも同時に本作は「大人(田舎)対高校生」や「いじめるもの対いじめられるもの」といった単純な図式でこの物語を割り切ろうとしない。高校生は自分にできることしかできないし、大人たちが作った枠組みを壊すことはできない。

 水野と茶山の2人を軸にした本作だが、もうひとり重要なキャラクターがいる。それは茶山を執拗にいじめている會川だ。下巻でその内面が掘り下げられる會川は本作の“余り”を体現したようなキャラクターだった。

 物語のラスト間近で、會川を見送りながら水野はこう思う。
「そんなに 自分に罰を科さないでも アンタだって つらかったら 逃げ出していい そう声をかけようと思ったけど それは私が言うべきことじゃない気がして そのまま別れた」

 本作のラストシーンはとても爽やかだ、だが、そこにあるのは、カタルシスというよりも、「割り切れなさ」を抱えた人生でも、こんなにうれしいことがある、というささやかな希望なのだ。

 
大人たちは対立しているが、水野と茶山は、学校内で密会を続ける。


変えることのできない現状に抗いたい茶山の前に、水野が現れる。

 <Profile>
藤津亮太
アニメ評論家。主な著書は『アニメ評論家宣言』(扶桑社)、『声優語』(一迅社)など。アニメなどのコラムを多数執筆。

































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