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【第36回】藤津亮太 漫画試し読み放浪記『国宝のお医者さん』




新作・旧作、注目作に話題作。いろいろ気になるあの作品を、ちょっとだけ試し読み。そんな調子でマンガの世界を放浪していきます。
【第36回】 国宝のお医者さん

 物語は博物館の学芸員・押海が、ある涅槃図の修復をどうしても依頼したくて、五條の工房を訪れるところから始まる。五條は紙でできた文化財を修理する国宝修理装こう師(こうはサンズイに黄と書く)。押海は、マイペースな五條の性格に翻弄されながらも、彼の文化財に対する別け隔てのない接し方などを見て、信頼の念を強く持つようになる。

 本作は奈良が舞台で、しかも文化財が物語の中心にある。だから「過去」を扱った作品と思う人も多いだろう。実際、過去の人の思いを、修復を通じて、未来へと繋いでいくという点は本作の重要なテーマだ。

 だが本作は同時に、とても「今」を感じさせる作品でもある。

 例えば第2話で五條のところに持ち込まれるのは、水害にあった地域の、小さな史料館にあった戦国時代の書状の掛け軸。五條はその修復を引き受ける一方、被災した民家から流れ出した紙史料も残されていることを知り、押海に、その対策を相談する。

 ここで登場するのが押海の勤務する博物館に付属する研究所。そこには大型の真空凍結乾燥機がある。濡れた紙史料はフリーズドライ(凍結乾燥)することで、状態の劣化を防ぐことができるのだ。美術品には膠やデンプンが使われているためこの方法は採用できない。だが、記録として残せばよい史料であればこの方法でレスキューできる。

 この真空凍結乾燥機を説明する時、研究員の伊駒は「東日本大震災の津波で水損した紙史料レスキューに使われたものなんですよ」という。さらに伊駒は、フリーズドライ後のクリーニングがボランティアによって担われていることを踏まえ、誰でもできる修復技術を開発・普及することは、平時・非常時を問わず、地域の歴史を守り、活かすことに繋がると力説する。

 このくだりを読むと、去年も今年も相次いだ水害のことを思い出さざるを得ない。あれらの水害は生活を破壊するとともに、その地域に生きている個人の記録もまた損なうものなのだ。だからこのくだりで、読者は、救われ、受け継がれるのは過去の美術品だけでなく、「今」の自分たちの生活の記録もその対象であることを実感することになる。

 これ以外にも、第2巻所収の第7話では、全国に7万7千の寺院があり、うち2万が住職がいない無住寺院であるという指摘が出てくる。過疎化の進行もあって寺院を維持するのが難しくなる中、寺院が守ってきた宝物を手放さざるを得なくなることもある。これもまた間違いなく日本の「今」の風景なのだ。


 本作は第一に古美術関係のお仕事ものではあるが、そこに自然に「今」の要素も織り込まれ、それが作品に広がりをもたらした。

 過去と未来の間にはいつも「今」がある。過去を大切に思うということは、やがて過去になる「今」のことも大切に思うことでもあるのだ。

水害で濡れてしまった紙資料は、フリーズドライ(凍結乾燥)で劣化を防ぐ。


コンビニの数より多い寺院を維持することが難しくなっている現実もあるようだ。

 <Profile>
藤津亮太
アニメ評論家。主な著書は『アニメ評論家宣言』(扶桑社)、『声優語』(一迅社)など。アニメなどのコラムを多数執筆。




































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