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【コラム】「見ること」が奇妙な世界への扉を開く。『偽史山人伝』




新作・旧作、注目作に話題作。いろいろ気になるあの作品を、ちょっとだけ試し読み。そんな調子でマンガの世界を放浪していきます。
【第44回】 偽史山人伝


 漢字を凝視していると、次第にその漢字が奇妙な形に見えてくる。これはゲシュタルト崩壊といわれる現象だ。脳内の情報処理過程で起きるといわれている現象だが、漢字が奇妙な図形に見えている時、私たちの見慣れた世界は、間違いなく変容しているのだ。『偽史山人伝』には、そんなゲシュタルト崩壊にも似た、奇妙な世界を味わうことができる7つの中編が収められている。

 本作の収録作は、いずれも「見ること」が大きな意味を持っている。「見ること」が奇妙な世界への扉を開くのだ。

 『日曜は水の町に』は、水たまりに映った相手と顔を交換してしまった人の話。顔に傷がある彼女は、子供の頃、水たまりに映った自分の顔を見つめ、「この顔が左右逆だったらいいのに」とつぶやいたことで顔が入れ替わってしまったのだ。『人魚川の点景』は、学校近くの汚い川で、フラスコに入ったまま成長した“人魚”を見つけてしまうところから始まる。この“人魚”を発見してしまった主人公は「人の行かないところに行き、人が見ない物を見て、人と違う方を好むひねくれ者」と評されているから、ここでも「見る」ということが、“人魚”のいる世界の入り口になっている。

 

▲水たまりに映った自分と、顔を入れ替えてしまう

▲フラスコに入ったまま大きくなってしまった人魚は…

 続く作品も同様だ。『人間のように立つ』では「友人の胴体に空いた穴」、『姉の顔の猫』ではタイトルどおり「ネコについた姉の顔」が「見つめる」対象として描かれる。また「見つめる」ということは、世界を認識するということだ。『現代路上神話』は、そんな「人間の認識」から生まれる神々のカタログで、この作品はその結びの部分に「誰でも何かを見つけさえすれば そこに神を存在させることができる」という言葉を置いて締めくくられる。

 表題作『偽史山人伝』は、人によく似た“山人(さんじん)”と呼ばれる生物に関する様々な記録を紹介する一種のモキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)。本作は一見「見つめる」が主題でないように感じられるかもしれないが、紹介されているいずれの記録も広い意味で「山人の目撃談」なのである。読者は、報告者の視線を借りて山人を目撃し、気がつくと「山人のいる(もうひとつの)世界」に紛れ込むことになる。

 

▲身体の真ん中にぽっかり穴があいてしまってた人

▲“山人(さんじん)”は人間によく似た容姿のようだ

 本書の最後に置かれた『存在論』の最後の短編「ゆめくさ」は、植物に体を覆われ夢を見続ける少女を描く内容。そこでは彼女を見つめはするものの、「彼女が見ている夢」は描かれない。そこには「奇妙な世界」に入り込めそうで入り込めない距離感が描かれており、これが「締めくくり」の合図だ。
 そして「あとがき」の後にエピローグとして4ページの短編が置かれている。このエピローグは、具体的な絵が一切描かれていない。抽象的な空間に吹き出しがおかれているだけだ。それは、湿度や体温を感じさせる、細かく描きこまれた本編の世界とは対照的だ。ここまで読んで、読者はようやく、自分たちが「見ること」によって入り込んでしまった、奇妙な世界から覚醒したことを知るのである。

 <Profile>
藤津亮太
アニメ評論家。主な著書は『アニメ評論家宣言』(扶桑社)、『声優語』(一迅社)など。アニメなどのコラムを多数執筆。












































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