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【コラム】つかもうと思ってもつかみきれない、その“つかめなさ”こそを味わう作品『高丘親王航海記』




新作・旧作、注目作に話題作。いろいろ気になるあの作品を、ちょっとだけ試し読み。そんな調子でマンガの世界を放浪していきます。
【第46回】 高丘親王航海記


 1987年に出版された澁澤龍彦の遺作を、近藤ようこが漫画化したのが本作だ。

 物語は平安時代の西暦865年から始まる。日本から唐へと渡った高丘親王は仏道を極めるため、天竺へと旅立つことを決める。側近の2人の僧と偶然出会った子供・秋丸と連れ立って船出をした親王は、東南アジアの様々な国を巡りながら天竺を目指す。

 といっても本作は当時の世界をリアルに描くものではない。人語を解する儒艮(ジュゴン)、夢を喰らう獏(バク)などの幻想の動物が登場し、様々な怪異が親王の前に起こる幻想の旅行誌なのだ。そこに加え本作では幻想の出来事と親王の見る夢が入り交じる。時間も空間も入り乱れた幻想空間こそが本作の特徴で、何か確かなものをつかもうと思ってもつかみきれない、その“つかめなさ”こそを味わう作品だ。

 

▲天竺を目指し、側近の僧たちと船出を待つ高丘親王は…

▲その船に逃げ込んできた少年・秋丸も、供の者に加える

 こうした作品を描くにはアプローチは2種類あると思う。

 ひとつはリアリズムに徹して、あたかも本物が存在するかのように幻想の動物、怪異を描き出すというスタイル。夢というものがしばしば当事者にとってリアルであるように、幻想もまた当事者にとってはリアルなものである。このように幻想を本物らしく表現すると、それを通じて読者は自分の現実認知がすこし歪んだように感じるようになる。漫画の中の情報量が読者の脳みそに介入して、その中に“リアルな幻想”が生まれるというアプローチである。

 もうひとつは今回の近藤ようこのように、シンプルな絵柄によるスタイル。こちらはシンプルな絵柄だからこそ、作中の「現実」がどこか夢や幻想に近く感じられるのだ。現実を構成する“線”がなにかの拍子にふとほどけてしまい、それが夢のように雲散霧消してしまうのではないか。本作の絵にはそんな緊張感が宿っている。だから読者は、今自分が目にしている部分が現実なのか、幻想なのか、緊張感を持ちながら読まざるを得ない。そうして読者は漫画の中に飲み込まれていくのである。

 本作で読者が飲み込まれた先は、まるで南方の海のような、子宮の中のような暖かな幻想の世界である。その中心には、藤原薬子が居座っている。薬子は親王にとって父・平城天皇の愛人にあたる存在。そして親王にとっては“女性的なるもの”の象徴でもある。彼女は親王の夢に度々登場する本作の重要人物だ。彼女がいることで本作の底には、親王が仏僧として抑圧している欲望が流れていることも感じられる。

 

▲親王の心の奥底には、薬子の存在が居座り続けている

▲薬子が投げた光る玉は何だったのか…

 幻想の旅行記である本作はつまり、親王のインナースペースの旅でもあり、シンプルな絵柄だからこそ、そこに抜き差しならない緊張感が生まれているのだ。
 <Profile>
藤津亮太
アニメ評論家。主な著書は『アニメ評論家宣言』(扶桑社)、『声優語』(一迅社)など。アニメなどのコラムを多数執筆。














































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