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新聞各紙などで話題のガン闘病コミック『ガンカンジャ』独占インタビュー/前編


人はガンに冒された時、どうやって生き、どうやって死ねばいいのか――?ガン闘病の真実に迫り、今年7月に1,2巻を同時刊行した際には、新聞各紙、WEBニュース、書評サイトで大きな注目を浴びた『ガンカンジャ』。今回は、10月28日に同時発売された3、4巻の刊行を記念し、著者のフツー氏へのComic☆Walker独占インタビューを全2回に分けてお送りする。実の父を8年間の闘病の末に亡くし、ガン患者支援団体の事務局長を務めた経験を持つマンガ家が語る、ガン闘病のリアル、そして、身近な人がガンに冒された時、私達はどうあるべきなのか――!?








■著者プロフィール
フツー (1981年、韓国ソウル生まれ)
大学在学時から、ガン患者を支援する団体の事務局長を務める。大学卒業後は、金融関連の会社の会社員となるものの、8年間のガンとの闘病の末に亡くなった父親の死をきっかけに退職。何をすべきか模索する中、偶然に漫画連載の提案を受け、絵の練習のために、SNS上で頼まれた似顔絵を描き始める。その後、人生初の漫画『ガンカンジャ』の執筆を開始。2013年にWEB上で発表し、大きな話題に。2014年に韓国で出版。その感動は、がん患者やその家族の方々のみならず、ガン治療に携わる医者とホスピスカウンセラーの間にも広がり、ヒットを記録する。現在もレジンコミックスで連載中。


――本作は、末期の胃ガンを患い、8年間闘病していたフツーさんのお父様の死をきっかけに描かれたと聞きました。

 フツー :はい、父がガンで亡くなった後、人生の虚しさを感じ、当時勤めていた会社を辞めて、休んでいました。そんな時、「サラリーマン時代の経験を生かした漫画を描いてみないか」という周りの紹介で漫画を描き始めたのですが、会社の話よりは亡くなった父と十分な時間を一緒に過ごせなかった罪滅ぼしとして、父と過ごした最後の日々を漫画に描いてみたくなりました。大学時代、ガン患者支援のボランティア活動をした経験も執筆動機のひとつです。

――時折、両親や恋人など看病する側の視点が入るのは、まさしく、フツーさんご自身の体験に近いのですね。実際、お父様が闘病されていた当時、どのような困難や葛藤があったのでしょうか?

 フツー :.韓国には「長い病に親孝行なし」ということわざがあります。病気が長くなると、一番親しい家族でさえ疲弊してしまうという意味です。この場合「疲弊」というのは「病気にかかった父親が嫌だ」「父親の病気が嫌だ」という意味ではなく、「もう完治したのではないのか?」「なぜまだ働かないのか?」「いつまで病気を言い訳にするのか?」などといった無神経な感情が生まれることを意味します。その間にも父はガンの再発の恐怖で寝ることもできず、いつも不安な気持ちで生きていくのですが、私たち家族はそのような自らの無神経さに傷つき、ぶつかることが多かったです。
家族に高額な治療費がのしかかる現実。本作では、目を背けたいけど、患者や家族が向き合わざるを得ない現実の厳しさにも目を向け、優しく寄り添う(2巻より)。


――お父様がガンであることを知らされた時のお気持ちをお聞かせください。また、どのようにして受け入れていったのでしょうか?

 フツー :実は父が手術を受けて普通に生活できている時はガンのことをあまり意識していませんでした。ガンというのは何か、どれほど怖いもので、どれほど急に訪れるものなのかを実感したのは父のガンが再発し、亡くなるまでの間でした。そして、『ガンカンジャ』を描くにつれ、遅ればせながら父の思いを少しずつ理解できるようになったと思います。
 
夕食時の食卓で、主人公が家族にガン罹患を告白するシーン。突然の告白に家族は戸惑い、受け止め方がわからず父親は思わず怒鳴ってしまう(1巻より)。


――お父様の闘病中、強く印象に残ったことはありますか?

 フツー :父は家族に涙を見せたことがなかったのですが、ある日、母に「悔しい。子供たちも立派に成長し、これからは幸せに暮らすだけだと思っていた。なぜ私が死ななければならないんだ」と言ったそうです。父の周囲では色んな友達がガンで亡くなったり、父自らも長い闘病生活で、そのことを淡々と受け入れているのかと思ったのですが、成熟した年齢である父が「生きたい」と涙ながら話したということが、強烈に印象に残りました。「私もいつか、あんな風に泣き、幸せに暮らせなかったことを悔やむかもしれない」という気がし、会社を辞めることにしました。
病床で昏睡状態が続く中、主人公は心の中で死の意味を自問自答し、人生半ばで終えなければいけない悔しさを爆発させる(4巻より)。


――フツーさんのように、日本でも親しい人がガンになり、どう寄り添えばよいのか悩んでいる方々が多くいます。もし、私達の大事な人がガンであると知らされた時、私達は、どのような姿勢で寄り添うのがよいと思いますか?

 フツー :患者を納得させようとしたり、自分は患者を理解できるという考えは控えた方がいいと思います。だけど、たゆまずそばで見守り、支えながら理解しようと努力することは必要だと思います。どれだけ親しい関係でもガン患者は「お前はガンに患わってないから私を理解できないんだ。私は寂しい」と思ってるので、「あなたを理解します」という態度より「それでも私はあなたから離れません」という気持ちを伝えることが大事だと思います。なんにせよ患者はこれから一人で長く寂しい旅に出るのですからね。
 
献身的につきそう恋人だが、彼女の心の中にも戸惑いや諦念が生まれる。だが、傍にいることを誓う(3巻より)。


――長期の闘病生活は、患者本人にとってはもちろんのこと、家族や恋人など近くにいる人間の生活を変えていくと思います。そんな時、私達はどのようにしたら、絶望に陥ることなく、患者本人とともに、日々を過ごすことができると思いますか?

 フツー :どんな言葉も役には立たないでしょうけど、「この苦しい時間さえも愛おしくなる」ということをわかっていただきたいです。愛する人が苦しんでいるのをそばでずっと見守ることは、日々を持ち堪えるだけでも苦しくて、どんな形でもいいから早く決着がつくことを時々願うくらい、心がすり減ってボロボロになるものなのです。だけど、今この時間が愛する人と過ごせる最後の瞬間で、最後の会話になるかもしれないことをいつも心がけて大切にできるなら、私みたいに目をそらして虚しく時間を費やし後に後悔することはないと思います。

 
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